MAGAZINE
KASHIWANOHA DISCUSSION 6
FUSION of individuality 未来を変える個性の育み方と、描く次の社会。
教育コストは誰が負担するのか
羽村さんの取り組みについて感想を聞かれた長谷川さんは、柏の葉が羨ましいと言います。
「大人になってから科学者の方にお話を聞きに行くのはなかなか難しいなと思っています。そういう意味で、とても素敵な活動だなと思います」
中邑さんは、羽村さんが大学院時代にこの活動を始め、今も学生が参加して一緒に子どもの教育をやろうとしているのは、すごく魅力的だと語りました。そして、本来は大学がそういう人たちを抱えることも必要だと付け加えました。
「科学の最先端をやる人だけじゃなくて、そのインタープリター的な役割を果たす人たちも、もう少し大学に抱えて一緒にやっていけたらいいんじゃないかと感じました」
続いて森さんは、「活動を立ち上げられてから今に至るまでで、何か課題を感じていたり、壁に当たったりしたことはありますか」と羽村さんに尋ねました。
羽村さんはこの質問に対し、教育のコストは誰が負担すればいいのかを、いつも考えていると答えました。
「例えば公立の学校教育であればそれは社会が負担しているけれども、一方で、個々の子ども達を見ていくと、社会が負担しているだけでは100%、120%には達しない。そうすると親の関与は絶対に必要ですけど、親によって子どもの可能性が決まってしまうのも社会としてふがいない。もう少しそこを支えられる仕組みがあったらいいなと思っていて、街というものがどう関われるのかは、最近ずっと考えているテーマの一つです」
この発言に対して意見を求められた中邑さんも、教育費の負担に関しては何らかの手当が必要だと語ります。
「本当に経済格差、相対的な貧困率がすごく高くなっている中で、そこは何らかのカバーをしていけたらいいなと私も思います。今、子ども食堂さんが全国で展開しておられますけど、それと同じような仕組みでこういう科学教室というか、原体験をするような場所も保障していかなければいけないと思います」
そして中邑さんは、羽村さんがやっているような原体験、本格的な教科書やいろんな授業を聞いて学ぶ前の体験をやっていくところに、もっと投資される仕組みを本当に考えていきたいと強調します。
「僕は、PRE-STEM教育こそが実は重要だと言っています。みんなSTEM、STEMと言って、そこにお金をどんどんつぎ込むけど、もっとその基礎の部分に投資していかないとSTEMって伸びない気がするんです」
*STEM教育は、Science、Technology、Engineering、Mathematicsの4つの頭文字をとったもの。この4つの領域を総合的に学び、科学技術の発展に寄与する人材を育成することを目指す教育。
二人の発言に対して感想を求められた長谷川さんは、生まれた場所によってSTEM以前のPRE-STEM教育の環境が変わってしまう事が悩ましいと打ち明け、「柏の葉の子どもたちはすごく恵まれていると思う」と語りました。そして柏の葉周辺の子ども達にどうやってリーチし、救っていけば良いか気になったと述べました。
フックとなる原体験がないと、教科書の世界に入っていけない
長谷川さんの話を聞いた中邑さんは、ある教育委員会に協力し、不登校の子どもたちを中邑さんのプログラムにどんどん受け入れていることを紹介しました。そして、アクティビティ中心の授業を受けることで学びの楽しさに気付き、学校に帰って行く子どももいる事に触れ、「学校に馴染めない子どもたちは羽村さんのサイエンス教室に全員行ける、うまくやればそういう仕組みはできるのではないか」と提案しました。
羽村さんは中邑さんの言葉を受けて、「学校にも通えなくなってしまった人たちというのは、その子の内面的な部分もそうでしょうし、家庭の経済的な事情が理由だという子もいるでしょう。そういういろんな事情を抱えた子どもたちみんなに学ぶ機会が提供される、そんな社会を作っていきたい」と語りました。
続いて「具体的にどういうイベントを行っているか、教えて欲しい」と森さんに尋ねられた羽村さんは一番人気の「理科の修学旅行」を紹介しました。
このプログラムでは、海や山で子どもたちと一緒にキャンプをし、自然を体験しながら、引率の大学院生たちが「こんなところに注目してみると、世界が広がるよ」という視点を共有します。
羽村さんは「教科書はすごくよくできていて、ちゃんとポイントが解説されているけれど、それだけだとどこに注目したらいいのかわからないし、自分がそこに興味を持つフックみたいなものがないと、読んでも頭に入ってこない」と考えています。「理科の修学旅行」は、教科書への入り口をうまく作るための仕掛けです。
中邑さんは、羽村さんの「理科の修学旅行」を柏市の学校の選択肢に加えると良いと提案します。
「僕は羽村さんの理科の修学旅行をいいなと思ったんですけど、柏市の子どもたちは学校の修学旅行に行くか、この理科の修学旅行に行くか選べたらいいですよね」
DATA
登壇者名 中邑 賢龍 プロフィール 東京大学 先端科学技術研究センター 教授
香川大学助教授、米カンザス大学・ウィスコンシン大学客員研究員などを経て、2008年から現職。
テクノロジーで障害のある子どもたちの教育を支援する「魔法のプロジェクト」や異才発掘プロジェクト「ROCKET」などを立ち上げ、2021年6月より「ROCKET」を発展させた「LEARN」を開始。心理学・工学・教育学・リハビリテーション学だけでなく、デザインや芸術などの学際的・社会活動型アプローチによりバリアフリー社会の実現を目指している。登壇者名 長谷川 愛 プロフィール アーティスト。2012年英国Royal College of Art, Design Interactions にてMA(Master of Arts)修士取得。2014年から2016年秋までMIT Media Lab, Design Fiction Groupにて研究員、2016年MS(Master of Science)修士取得。2017年4月から2020年3月まで東京大学 特任研究員。2019年から早稲田大学非常勤講師。
2020年から自治医科大学と京都工芸繊維大学にて特任研究員。「Expand the Future(未来を拡張する)」というコンセプトのもと、アートやデザインを通じて日常の当たり前に問題提起を行う。作品が扱う社会的テーマは広範に渡るが、近年はバイオテクノロジーの進歩がもたらす未来の生殖や家族のあり方について問う作品を多く発表している。登壇者名 羽村 太雅 プロフィール 柏の葉サイエンスエデュケーションラボ 会長
東京大学柏キャンパスで、大学院学生時代に隕石衝突を模擬した実験による生命の材料生成の謎に迫る研究や、天体望遠鏡を用いた地球外生命の手がかりを探す研究に取り組む。
柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(KSEL)では、"科学コミュニケーション活動を通じた地域交流の活性化"をテーマに小学生向けの理科実験教室や、大人向けのサイエンスカフェなどのイベントを多数開催している。