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自分の国だけ対策しても、パンデミックは収束しない
議論は司会の森さんが発した、「新型コロナ感染防止対策を巡っては、さまざまな問題点が浮上しました。中でも、『インフォデミック』と呼ばれる情報の混乱や、ワクチンの争奪戦などが起き、国際社会が分断されました。これに対してどう考えていますか」という質問から始まりました。
渋谷さんは、「コロナが突然起こって、問題を起こしたと思われがちだが、基本的にはコロナ禍以前からあったものが、コロナで一気に露呈したと思っている」と答え、どういう問題があるかを説明しました。
渋谷さんが指摘する問題は、ワクチン供給の争奪戦に代表されるような構造的なシステムの不備、政治的なガバナンスの不備、そしてICTに代表されるテクノロジーが大きな力を持っていて、それを享受できる人と、できない人の間の格差です。
森さんはさらに「国によりなかなかワクチンが届かないという問題が起こり、格差が生じていますが、発展途上国にワクチンを届ける仕組みなどについて教えて欲しい」と渋谷さんに質問しました。
渋谷さんは、2020年発足した新型コロナウイルスワクチンを共同購入して途上国などに分配する国際的な枠組みである「COVAX」や、途上国にワクチン普及を進める国際組織「Gaviワクチンアライアンス」、CEPIなどが連携して動いていることを説明し、「やはり自分たちの国だけでパンデミックというものは収束しないことを念頭に置かないといけない」と強調しました。
情報技術の問題が、ようやく社会的な議論の俎上に上がってきた
次に森さんは、新型コロナウイルス蔓延によって社会に広がった分断について、どう捉えているかドミニクさんに質問しました。
ドミニクさんは、「フェイクニュース(虚偽の情報)」「オルタナティブファクト(真実に対するもう一つの事実)」「ポストトゥルース(客観的な事実よりも感情や個人的な心情によって表されたものの方が影響力を持ってしまう状況)」など、真実を防衛できないという事が、コロナ禍以前からグローバルな課題としてあったと指摘します。
そして、その背景には「フィルターバブル」、つまり検索エンジンのレコメンデーションアルゴリズムと、それに基づいて個人に最適化した情報を提供する市場原理のみが、2010年代に発展の原則として進化していったことがあると説明しました。
2010年以降の10年間は、スマートフォンという人々が常に携帯する新しいメディアが社会に普及した時期とも符合しています。アメリカではさまざまな社会学者がこの10年間のスマートフォンの使い方のデータを基に研究し、スマートフォンがいかにメンタルヘルスを低下させているかという結果が2020年以降たくさん出てきているそうです。
アメリカでは大手IT企業から内部告発者が出て、悪意なく作っていたテクノロジーが実は自分たちが予想していなかった分断を生んでいる状況に声を上げ始めています。日本でもその問題を取り上げる報道が最近増えていますが、「実は10年ほどの蓄積がある問題で、ようやく社会的な議論の俎上に上がってきた。健全な議論ができるところまで情報技術が成熟してきたと、肯定的に受け止めたい」とドミニクさんは話します。
「コロナに関する間違った情報を、正しいと思ってどんどんシェアしてくことで混乱が広がったこと、正しい医療情報がうまく共有されなくなっていることについて、どう考えていますか」と森さんが質問したのに対し、渋谷さんは「デマに対して本当に正しいことを真摯に、何とかして伝える努力をすることだ」と答えました。
渋谷さんはコロナに関して言えば例えば「PCR検査をするべきか、しない方が良いのか、ワクチンの副反応はどうなのか」ということに関するデマが多いと話します。そして、一番問題なのはワクチンの副反応に関するデマが広がることだと考えています。
相馬市で行っているワクチン接種では、プライバシーには配慮した上で、本当にどういう副反応があったかということを細かく全部公表するようにしているそうです。さらに、相馬市では地域ごとにワクチンを接種しているため、副反応に関する情報がコミュニティの中で身近な人の口コミで伝わりました。
渋谷さんは、「トップダウンでワクチン接種は安全だし有効だから絶対に受けてほしいと言っても伝わらない」と言います。そして、テクノロジーは結局ツールにすぎないので、安心感や信頼はやはり誰から情報を得るかに依存するところが大きく、身近な人のリアルなコミュニケーションが大事だと改めて実感したそうです。
DATA
登壇者名 渋谷 健司 プロフィール 福島県相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター長 元WHO事務局長上級顧問
医学博士(公衆衛生学)。世界保健機関(WHO)シニア・サイエンティスト(保健政策のエビデンスのための世界プログラム)や、東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室教授を歴任。
現在は、相馬市 新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター・センター長。
死亡・死因分析、疾病の負担分析、リスクファクター分析、費用効果分析、保健システムパフォーマンス分析などを専門分野とする。登壇者名 ドミニク チェン プロフィール 早稲田大学 文化構想学部 准教授
博士(学際情報学)。テクノロジーと人間の関係性を研究。
インターネット時代のための新しい著作権ルールを提供する、NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)の理事や、「人間の自然に近いコミュニケーション」をテーマに、ソフトウェア開発やサービス展開を行う株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、早稲田大学文化構想学部准教授に就任。日本語、フランス語、英語が話せる。