MAGAZINE
KASHIWANOHA DISCUSSION 5
FUSION of well-being グローバルヘルスを実現する、情報の在り方。
ウォーカブルな街はソーシャルキャピタルも増える
次に森さんは久野さんがコロナで医療体制の課題が露呈したと話した点に触れ、詳しく教えて欲しいと頼みました。
久野さんは「『自助・共助・公助」という言葉が政治的に使われて批判される部分も出てきているが、社会はやはり時々の状況に合ったバランスが大事で、何でも共助に頼ればいいわけではないし、何でも自助に頼ればいいわけではない。そのバランスの中で、日本の65歳以上の高齢者人口がピークとなり、医療・介護の働き手の不足が予測されている2040年問題の危機を理解し、活力にある社会にどう変えていくかが課題だった』と言います。
そして、今回コロナで日本の医療体制に潜むいろんな問題が見える化したので、これをチャンスに変え、2040年問題に備えることが大事だと指摘しました。
続いて森さんは「健やかな社会、健康格差のない社会をどう作っていくかというところで、都市に何が求められているか」を久野さんに質問しました。
久野さんは十数年前から街づくりに興味を持っていて、その理由は、健康に対して都市環境が一定の影響を与えているというエビデンスが出てきたからだと言います。緑が豊かで環境がよく、自然と歩きたくなることが大事で、ロンドンやパリ、ニューヨークといった大都市でも車依存からウォーカブルな街へと政策転換しているそうです。
健康な街づくりの事例として、久野さんは新潟県見附市を挙げて説明します。
見附市は人口4万、交通手段は車中心の典型的な地方都市です。その街が20年かけて、街中にソフトも施設も充実した高齢者も子供たちも出かけたくなる場所を設置し、そこにコミュニティバスを循環型で回した事で、車から降りて公共交通を使って生活を楽しむ人たちが増えたそうです。
この結果、歩く人が増えただけでなく、偶然の出会いが多発することで人と人との繋がりを意味するソーシャルキャピタルが増え、健康になっていると言います。
柏の葉は妊産婦に優しい街のモデルになれる
街づくりと健康の関連について意見を求められたドミニクさんは、さまざまな企業と一緒にウェルビーイングに繋がる街づくりハッカソンやアイデアソンをコロナ以前から行っていることを打ち明けました。
そこで出てくる人々の問題意識は、同じ町内に住んでいる人たちともっとコミュニケーションを取りたいけれども、どうやってその一歩踏み出していいかわからないということでした。ドミニクさんは、テクノロジーを一つのヒントにして、IT回覧板を作ってみようというようなシンプルなアイデアをプロトタイピング(実働モデルを使って検証する事)してみることで、その第一歩を踏み出せると言います。
「このコロナ禍をきっかけに、東京の都心のように近所づきあいのあまりない街でも、そういうことをきっかけに何か新しい絆や関係性が築けるとしたら、それは本当にポジティブな一歩になるんじゃないかと思います」
森さんは続けて久野さんに「柏の葉でさまざまな取り組みが始まっているけれども、これからますます健康長寿の街になるために何かアドバイスがあれば聞かせて欲しい」と尋ねました。
久野さんは「これだけの街ができたからには、やはりエビデンスが欲しい」と答えます。感覚的にいいと言っている部分がどれだけいいのか客観的に見える化できるようになるのに加え、うまく行っていない部分があるとすれば、エビデンスを評価する事で課題が見えてくるからだと説明します。そうすることで、柏の葉にPDCAが上手く回るような街づくりの先頭を切ってもらいたいと久野さんは期待しています。
久野さんはさらに、このコロナ禍の中で妊産婦のメンタルヘルスケアの問題を相当危惧していると、危機感をあらわにしました。
共同研究して取っているデータを見ると、所得に関係なく、妊産婦のメンタルヘルスが非常に悪化していて、コミュニケーションが取れない、不安で大変なときに話せない、いろいろな情報が取れない、などの要素がその原因になっていると言います。
久野さんは、柏の葉の中でベビーカーを押している人が多いので、そういう大変な時期の世代の人々が快適に過ごせる要素は何か、そのハードとソフトがもっと見えてくると、全国の自治体に応用できると考えています。
最後にディスカッションの感想を森さんから聞かれたドミニクさんと渋谷さんはそれぞれ次のように答えました。
ドミニクさんは、情報の信頼性という問題について、情報が提供される仕組みやプロセスが今後もっと透明になり、失敗も含めて共有できるような社会になればいいと語りました。そして、「まずはボトムアップで、一つの町をつくるというところから、そういう事例を積み上げていくのが、一番リアリティがある」と話しました。
渋谷さんは中央が全部差配をして、何かモデル事業をやるという時代はもう既に終わっていると語りました。ドミニクさんが話したように、ボトムアップで現実的な施策を打ち出し、それが逆に中央に行くような時代になってきており、「今日はある意味で非常に良い希望をいただいたと」という言葉で議論を締めくくりました。
DATA
登壇者名 渋谷 健司 プロフィール 福島県相馬市新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター長 元WHO事務局長上級顧問
医学博士(公衆衛生学)。世界保健機関(WHO)シニア・サイエンティスト(保健政策のエビデンスのための世界プログラム)や、東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室教授を歴任。
現在は、相馬市 新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター・センター長。
死亡・死因分析、疾病の負担分析、リスクファクター分析、費用効果分析、保健システムパフォーマンス分析などを専門分野とする。登壇者名 ドミニク チェン プロフィール 早稲田大学 文化構想学部 准教授
博士(学際情報学)。テクノロジーと人間の関係性を研究。
インターネット時代のための新しい著作権ルールを提供する、NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)の理事や、「人間の自然に近いコミュニケーション」をテーマに、ソフトウェア開発やサービス展開を行う株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、早稲田大学文化構想学部准教授に就任。日本語、フランス語、英語が話せる。登壇者名 久野 譜也 プロフィール 筑波大学 人間総合科学学術院 教授
高齢化社会に対する日本の健康政策の構築を目指すため、2002年に健康増進分野日本初の大学発ベンチャー株式会社つくばウエルネスリサーチを設立。
さらに2009年から成長型長寿社会の確立を目指し、全国の9市長とSmart Wellness City首長研究会を立ち上げ、現在43都道府県113区市町村まで活動を拡大。
またコロナ禍の健康二次被害対策として、YouTube動画を活用し、テレワーク中に自宅でも出来る筋トレ、感染予防をしながら安全にランニングを行う方法、リモート時代の食卓について等の情報を配信している。